第6章 旧日本軍の大型双眼鏡
旧日本海軍の双眼望遠鏡には水平見張用としては口径8cmから18cmまでがあり、対空見張用には口径6cmから12cmまでの高角双眼望遠鏡(俯視角は20度〜70度)がありました。海軍の最大口径は18cmです。艦船では艦体の振動により倍率の上限(20倍が適当であり最大でも30倍)が生じるため、口径18cmの際に22.5倍と30倍の切り替え式としてこれ以上の口径の双眼鏡は量産されませんでした。(21cm双眼鏡が試作され戦艦長門に搭載されて試験(30倍及び50倍)されましたが50倍は実用に適しないとされました。また硝子材料の入手性から21cmは量産されなかったと思われます)
陸軍では最大口径25cmのものが1台試作され北部満州の国境監視哨で試験が行われました。
12cm双眼鏡は倍率20倍が主で手頃な大きさとその用途から直視用、対空用、直立(潜望)式、潜水艦用水防タイプ、光学性能からは夜間用(15倍)など多様なものが製造されました。
海軍の艦船には、用途としては水平見張用、対空見張用、砲戦指揮装置や魚雷戦指揮装置、探照灯用などに、多量の大型双眼望遠鏡が搭載されていました。昭和7年から昭和20年までに製造された軍用の大型双眼鏡類の総生産台数は、12,620台と文献(日本の光学工業史にある数字を累計)にあります。また15cm双眼鏡と18cm双眼鏡の生産台数は昭和15年から昭和19年(予定)までで累計437台になります(日本光学40年史)。このように多量に生産された大型双眼鏡ですが、使用状況を示す写真資料にはなかなかお目にかかれません。もしお持ちの方がおられましたらご紹介いただけると幸いです。(下記の写真は「世界の艦船」(増刊42集1994 No.489)海人社発行から引用させていただきました)
軽巡洋艦阿武隈の艦橋見張り所 左側12cm、右側15cm双眼鏡(「世界の艦船」から引用) 駆逐艦夕霧の艦橋 見張り用12cm双眼鏡(「世界の艦船」から引用)
駆逐艦響の塔型方位盤、左右の窓に12cm双眼鏡が見える。天井から吊られている。(「世界の艦船」から引用)

・ 日本光学製 20x120 高角(俯視45度)双眼望遠鏡  見掛け視界60度(実視界3度)1939年製

この双眼鏡にはNikko 20x3度の表示があります。光学部品のカビがひどく塗装もかなり劣化していたので、原型を留めたかったのですが、光学部品の清掃と主筐体の再塗装を行いレストアしました。オリジナルの塗装は砂のような細かい凹凸のある塗装でした。現在では気密構造のためには、Oリングやパッキンを用いるのが一般的ですが、当時はそのような部品がなかったためか、接眼部には堅い白色のグリースが、またその他の部分には粘土状の充填剤が用いられていました。砲金製と思われる菱形プリズム収納部の金属加工面にはキサゲ加工が施されており、気密のために平面度をできるだけ良くしたかったのかもしれません。俯視45度用のダハプリズムは凝った固定構造のために、傷つけないように注意して取り外しました。また眼幅調節のための菱形プリズムには予想していなかったのですが、内面の全反射ではなく反射面にめっきが施されていました。当時屈折率の高い硝子材が使えなかったのかもしれません。このプリズムには14.X.30とあり製作時に記入されたものとすると昭和14(1939)年10月30日に組み立ての意味かと思われます。対物レンズ側には伸縮式のフード設けられています。この双眼鏡は探照灯用と言われていますが実際にどのように設置されていたのか資料がありません。

眼幅調節機構

ステンレスのベルトをたすきがけにしています。

俯視45度用のダハプリズム

光束入出射面を金物に当てて位置を決めダハ稜線側端面2カ所をコの字型金物で押して固定しています。

俯視45度用のダハプリズムと眼幅調節用菱形プリズム。

菱形プリズム反射面には、めっきの後に保護塗装が施されており側面には14.X.30 Y.K.と記入がありました。

続く
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