第7章 戦艦三笠と東郷司令長官のツアイス双眼鏡                             
最近、横須賀にある三笠公園の記念艦三笠を見てきました。東郷司令長官の双眼鏡が展示されています。(2007年7月記)
記念艦三笠と東郷司令長官の銅像
記念艦三笠

 横須賀の三笠公園に艦首を皇居に向けて接岸保存されています。全長122m、幅23m、排水量15140トン、1902年3月に英国のヴィッカース社で竣工しました。
観覧料は大人500円です。 

艦橋、下の絵にあるように東郷司令長官が双眼鏡を持って立たれた場所です。
三笠艦橋の図(東城鉦太郎画)

中央の東郷司令長官を除いて他の人たちの使っている双眼鏡はガリレオ式。当時プリズム式双眼鏡はまだ珍しかった。

展示されている東郷司令長官の双眼鏡(ツアイス社製5倍/10倍変倍双眼鏡)、実戦で用いられ、さらに経年の劣化で革や真鍮の表面が茶色になっていますが、本来は黒色塗装されていたのではないかと思います。
 小西本店ではドイツのツアイス社と英国のロス社の望遠鏡を1900年(明治33年)以降輸入していましたが、日露戦争の直前にツアイス社からプリズム式双眼鏡と測距儀を取り寄せ販売しました。双眼鏡は6倍と8倍のもの各50個、5倍/10倍変倍双眼鏡(Marineglas)を5個でした。5倍/10倍変倍双眼鏡はその独特な形から角型双眼鏡とも呼ばれました。この双眼鏡は連合艦隊司令長官、東郷平八郎が幾多の海戦を勝利に導いた双眼鏡として有名ですが、ツアイス製双眼鏡は当時の海軍軍人の間では大評判になり注文が殺到しました。司馬遼太郎の「坂の上の雲」にもこの双眼鏡に関する逸話が多く出てきますがその中で塚本克熊中尉が同じ双眼鏡を購入したこと。そして逃走するロシア海軍のロジェストウエンスキー中将の乗った駆逐艦を発見したことが書かれています。塚本中尉の当時の購入価格は350円でありその頃の中尉の給料の一年分であったとありますから双眼鏡がとても高価なものであったことがわかります(この頃の大卒の初任給は30円〜40円程度)。明治43年の玉屋商店のカタログを見ると既にこの機種はカタログにないのですが、新型の価格は6倍21mm(65円)、8倍21mm(75円)、12倍30mm(100円)とあります。最も高価なのは15倍30mmの砲隊鏡で275円です。

 1905年の日本海海戦当時、ドイツでは既に12倍のモデルが販売されていましたが、プリズム双眼鏡自体がとても希少であり25mm口径は最大口径でした。動揺する艦上での索敵のためには広い視野の低倍率が有効であり、そして敵艦の状況確認のためには10倍という高倍率にも切り替えられる特長を持つこの変倍双眼鏡はその能力を最大限に発揮できたのだと思います。

 口径25mm(初期のモデルは25mmですが後期には24mmとなったようです)、視野は1000mで70/120mなので見掛け視界は約40/34度です。重さは1.2kgと相当重い双眼鏡です。その後海軍の標準となった7倍50mm双眼鏡でも1kg程度です。生産されたのは1896年から1904年までで総生産数もそれ程多くないと思われます。その後同様のモデルは生産されませんでしたが1914年に10倍/18倍変倍口径50mmのモデル(Bifort)が生産されました。
日本海海戦で使用された測距儀は英国のバー・アンド・ストラウド社製単眼合致式測距儀で基線長1.5mのF.A.2型と言われています。人間の目が識別できる上下に分かれた分像の限界識別角度を12秒角とし、この測距儀の倍率を10倍程と仮定すると6000mの距離での測距誤差は140mになります。
展示されている1902年製のバー・アンド・ストラウド社製測距儀
日本海海戦は1905年5月27日午後対馬沖で行われました。東郷司令長官は昼過ぎに敵艦と遭遇してから午後7時過ぎまで、ロシアの艦船からも最大30口径を含む多数の砲弾が間断なくその周囲に撃ち込まれる艦橋で双眼鏡をかざしたまま身動きもせず海戦の指揮を執ったと伝えられています。
戦艦三笠の30cm主砲用の砲弾、重さ400kg
1904年のZEISS双眼鏡カタログにある図
同じカタログにある仕様表、口径は24mmと記載されている。
同じカタログにある価格表、8x20は130マルク、5/10x24は240マルクと記載。
この写真は口径25mmのものです。中央の回転軸部の先端が突き出ていて双眼鏡を立てて置くことができます。接眼レンズは細長い方が5倍です。 左側筐体には、Carl Zeiss,Jena、DRP、右筐体には、Marine-Glas m.Revolver、Vergr.=5&10'と象嵌(銀色)されています。DRPはDeutsches Reich Patentの略です。
参考文献:小西六写真工業「写真とともに百年」、司馬遼太郎著「坂の上の雲」、小倉磐夫著「カメラと戦争」
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